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こんにちは、はらいかわてつやです。

あなたは、1人で過ごす休日がとても寂しくて、いつも誰かと過ごしたいと、思ってはいませんか?

しかし、あなたが「運命の親友と出逢った」時には、1人でいる時間が楽しくて仕方がなくなります。

何故だと思いますか?それは、「運命の親友」というのは、群がって世間話や愚痴を言い合うような関係ではないからなのです。

親友とあなたは滅多に合う事はありません。ですので、お互いに孤高の存在になります。

そして、親友とはお互いに思い付いた時に会い、お互いの人生を語り合う事が、あなたと親友が至福だと感じる瞬間になるのです。

悲しい事ですが、人間が違う人間としているコミュニケーションの過半数は、その場にいない第三者に対する愚痴を言い合う事です。

愚痴を言う事を徹底的に禁止されて全て排除されてしまうと、世の中の殆どの人達はコミュニケーションは、内容そのものが無くなってしまいます。

そうなってしまうと、多くの人がコミュニケーションを取る事が出来ずに、孤独になってしまいます。そうなる事を恐れるゆえに、殆どの人が誰かと常に無理に居ようとして、愚痴しか言えなくなっているのです。

話を少し戻しましょう。親友の居る人は普段はあえて1人でいます。ですので、いつも1人で颯爽と歩き、親友とは違う生活をしています。

「お、珍しく今日は2人でいるな」

とその人を知る人が、たまたまその人が誰かを連れている所を見て思ったとしても、彼や彼女の横にいる人物は、親友ではない違う人だったりする事が殆どなのです。

たまに会う「運命の親友」とするコミュニケーションは、その場にいる相手か自分に関する話題だけです。

ですので、目の前の2人に関する話題だけですので、話は深くて短くなります。

そして、2人の話には、目の前の親友以外の人物は、一切登場しないのです。

それぞれの近況については、知ろうとすればいくらでも情報を手に入れる事が出来ます。

しかし、親友とはお互いに何かあったとしても、相手には短いメールを送るに留め、さらりと情報の共有化をします。

そうする事によって、練り飴のように粘り粘りながら頻繁に会う必要はありませんので、水のようにサッパリした関係で居られる事により、相手との良い関係を長く続けられます。

話をし合う時は、例え相手と10年に1度しか会わない関係であっても、まるで昨日の話の続きをするかのように、気軽に話し合う事が出来ます。

それは、1人の時間をお互いが大切にするからこそ、2人が会った時にお互いを高め合うことが出来るからです。

常に一緒にいるような関係である相手とには、そのような「友情」と呼べるものは存在しません。

「友情」を育む親友との間には、第三者も愚痴も存在せず、常に一緒にいる必要がありません。ですから、10年に1度会っても構わないのです。

はらいかわてつや
リッチマンからの贈り物